最近「外国で活動している俳優やエンタメの仕事をしている人間」についての記事を目にして――それが何の話題に紐づくのかはさておき、どうしても一言だけ、自分の言葉で伝えておきたい気持ちがありました。
大きなことは言えません。
言えるのは、あくまで“僕個人の感覚”としての話です。
僕らは、どこにいても、人と人の間で生きています。
今僕は北京にいますが、これは場所の問題じゃない。
故郷にいても、外国にいても、同じです。
人間関係って、何か問題が起きた瞬間に試される。
意見の衝突があったり、誤解が生まれたり、しんどい出来事が起きたりしたとき、スッと距離を取る人は多いと思います。
「もう関わりたくない」「切ったほうが楽だ」って。
もちろん、相手との関係が自分にとって何の意味もなく、ただ消耗するだけなら、離れる選択が必要なときもある。
そこは否定しません。
でも、もしそこに“大事なつながり”があるなら、人はそんなに簡単に排斥していいのかな、と僕は強く思うんです。
問題が起きたときほど、深刻であればあるほど、離れるんじゃなくて、寄り添う。
距離を置けば一瞬は楽かもしれない。
でも、離れたこと自体が、互いに小さくない“爪痕”として残ることがある。
だったら、逃げるよりも、ちゃんと向き合って、相手のそばに立つ。
僕は、そっちのほうが改善につながると信じています。
ここで勘違いしてほしくないのは、「誰かの肩を持つ」とか「どちらかに賛同する」という話じゃない、ということです。
僕が言っている“寄り添う”は、立場の勝ち負けを決めることじゃない。
相手を人として尊重して、誠意をもって、話を聴く姿勢を持つこと。
それが礼儀であり、信頼の土台であり、人と人の関係を壊さないための最低限の作法だと思っています。
安易に敵を作る必要はない。意味のない対立を増やしても、問題は深くなるだけで、きりがない。
仕事の関係が終わったとしても、人として会えば笑える関係なら、そのほうがいい。
“円滑に生きる”って、ただ波風を立てないことじゃなくて、波風が立ったときにどう振る舞うか、そこに出ると思うんです。
大事なのは、誠意を持って、相手に寄り添って、自分の言葉で伝えること。
僕は、形だけ整えた言葉があまり好きじゃないんです。
友達でも仕事仲間でも、心のない丁寧さは、むしろ相手を遠ざけることがあるから。
僕自身、それが完璧にできているかは分かりません。
でも、少なくとも忘れたくない。
尊重と誠意と礼儀――この三つを持って、目の前の人に向き合う。寄り添う。
それが、人と人が一緒に頑張っていくための、いちばん大事なことだと僕は思っています。